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【文アル】文豪の潜書時間の理由と誕生日

【文アル】文豪の潜書時間の理由と誕生日

 

目次

有魂書の潜書時間って何か意味有るの?

 

・各文豪の誕生日と潜書時間(一覧)

誕生日 名前 潜書時間
1月10日 尾崎紅葉 1時間30分
1月20日 徳永直 有魂書実装後追加
1月22日 田山花袋 2時間10分
1月25日 北原白秋 2時間
  中野重治 30分
2月01日 徳田秋声 40分
2月09日 夏目漱石 4時間
2月15日 井伏鱒二 2時間15分
2月17日 森鴎外 2時間30分
2月20日 志賀直哉 3時間
  石川啄木 1時間
3月01日 芥川龍之介 5時間
3月04日 有島武郎 3時間04分
3月13日 高村光太郎 1時間
3月17日 横光利一 30分
3月25日 島崎藤村 2時間10分
4月09日 佐藤春夫 30分
4月29日 中原中也 4時間30分
5月05日 中島敦 30分
5月12日 武者小路実篤 1時間
6月19日 太宰治 5時間
6月27日 小泉八雲 有魂書実装後追加
7月23日 幸田露伴 有魂書実装後追加
7月24日 谷崎潤一郎 3時間
7月30日 新美南吉 30分
8月01日 室生犀星 2時間
8月11日 吉川英治 1時間30分
8月23日 三好達治 30分
8月24日 若山牧水 1時間
8月27日 宮沢賢治 4時間30分
8月30日 国木田独歩 40分
10月14日 正岡子規 1時間
10月20日 坂口安吾 10時間20分
10月21日 江戸川乱歩 2時間
10月26日 織田作之助 30分
11月01日 萩原朔太郎 4時間30分
11月04日 泉鏡花 4時間40分
12月01日 小林多喜二 20分
12月03日 永井荷風 3時間
12月26日 菊池寛 24分
12月28日 堀辰雄 30分

日付空白はおなたん_(┐「ε:)_

 

更新履歴&追加あればココに記載

-文豪38人分の潜書時間の元ネタ(仮説)を公開。
※小泉八雲、幸田露伴、徳永直は潜書時間が存在しないため省略。(全41文豪)
見方としては潜書時間が1時間30分の場合
1,3,13,30の数字からそれっぽい内容を抜粋
また、信憑性を高めるため一部文豪には数字に関係してそうなエピソードも記載
※すべての文豪の潜書時間に元ネタが有る保証はありません。
何か間違いや気がついた点があれば下のコメント欄か
Twitter(@kuro_usyagi等、わかるように教えてもらえると助かります_(:3」∠)
2017-01-30
公開。
2017-06-29
レイアウトを修正。
新文豪の坂口安吾、有島武郎、井伏鱒二を追加しました。

 

 

▼潜書時間の理由(仮説)

 

◆尾崎紅葉(1月10日)1時間30分

現代文豪名作全集の13巻が尾崎紅葉

『紅葉全集』が全12巻+1巻(計13

 

◆徳永直(1月20日)追記予定

潜書時間実装後、追記予定

 

◆田山花袋(1月22日)2時間10分

実在の人物をモデルに5年の歳月をかけて念入りに調査して書かれた

田山花袋の『田舎教師』に登場する、

文学に志を持つも貧しいがために進学できず、小学校の代用教員となり

様々な経験をするも結核にかかってしまった小林秀三(作中では林清三)が

この世を去ったのが21歳というもの。

田山花袋と小林秀三は生前面識がありかなりの思い入れ用だった。

島崎藤村も田山花袋の代表作として『田舎教師』を上げている。

また、とにかく1221と言った数字に縁の有る方でした。

誕生日に12の数字、12歳から漢詩文を習う(兄も21歳で塾の塾頭)

温泉巡りに関係した旅行者の手引『日本名勝地誌』

田山花袋偏『新撰名勝地誌』全12巻

講談社の『日本現代文学全集』の21巻が田山花袋集

 

◆北原白秋(1月25日)2時間

死没日が11月2日

また、白秋は隣家にいた人妻と恋に落ちそれを夫から告訴(姦通罪)され

 2周間拘置所に勾留された。

初の歌集『桐の花』が大正2年

昭和2年に出版内容でアルス社と興文社で悶着。菊池寛と対立。

 

◆中野重治(1月25日)30分

1930年に女優の原泉と結婚する。

1930年『夜明け前のさよなら』

1930年『鉄の話』

 

◆徳田秋声(2月1日)40分

誕生日が明治4年12月23日(旧暦)

40歳のときに「足迹」を読売新聞にて連載

秋声が約40年間過ごした家【徳田秋声旧宅】が残っている。

※太陽暦の変更は明治5年12月3日からで

12月2日の次の日がいきなり明治6年1月1日となった

決定したのがわずか1ヶ月前の11月9日【太政官布告(第337号)】で

既に来年の暦で印刷を済ませていた各種書面は紙クズとなった。

ちなみに文アル公式は12月23日に徳田秋声の告知は出していないため

西暦の計算で2月1日とすると予想される。

 

◆夏目漱石(2月9日)4時間

1906年4月に名作『坊っちゃん』を発表

1984年に千円札の肖像として採用される

 

◆井伏鱒二(2月15日)2時間15分

誕生日が2月15日

結婚時、妻の秋元節代が15歳だった。

本名は井伏 滿壽二(いぶし ますじ)

 

◆森鴎外(2月17日)2時間30分

明治23年に『舞姫』を発表

41歳のときの再婚相手が荒木志げ(23歳)だった。18歳差のアベック

 

◆志賀直哉(2月20日)3時間

大正3年に武者小路実篤に従妹にあたる勘解由小路康子(かでのこうじ_やすこ)と婚約

誕生年が1883年

1913年『范の犯罪』を発表

 

◆石川啄木(2月20日)1時間

1903年の11月から”啄木”というペンネームを使い始める

 

◆芥川龍之介(3月1日)5時間

満35歳で死没

1915年に”芥川龍之介”名義で『羅生門』を発表

 

◆有島武郎(3月04日)3時間04分

誕生日が3月04日

1901年(明治34年)にキリスト教に入信する。

 

◆高村光太郎(3月13日)1時間

ニューヨークに1年、ロンドンに1年の留学経験が有る

詩『道程』を第1回帝国芸術院賞で受賞

 

◆横光利一(3月17日)30分

死没日が12月30日

1930年に『機械』を執筆

1993年10月30日に文学碑が建てられる(大分県宇佐市の赤尾、光岡城跡)

 

◆島崎藤村(3月25日)2時間10分

1892年10月に明治女学校の教師になる

『定本藤村文庫』第10篇が『破戒』

 

◆佐藤春夫(4月9日)30分

1930年に谷崎潤一郎の妻を譲り受ける話で悶着

(谷崎は妻・千代と結婚していたが千代の妹・セイ子を好きになり

妻・千代を佐藤春夫に譲り渡す約束をしたが谷崎はセイ子に拒絶されたため

譲る話は破棄。春夫は谷崎に絶縁状(絶交)を言い渡す。

また妻・千代も後に谷崎とは離婚。谷崎に振り回された話。

 

◆中原中也(4月29日)4時間30分

誕生日が4月29日(日をまたいだ可能性、有魂書カウントダウンで30は表示されない為、微レ存)

死没、満30歳

 

◆中島敦(5月5日)30分

死没、満33歳

『中島敦全集』が全3巻

1933年3月、東京帝国大学国文学科を卒業し大学院に入る。研究テーマ「森鴎外の研究」

 

◆武者小路実篤(5月12日)1時間

1911年に『お目出たき人』

 

 

◆太宰治(6月19日)5時間

太宰治50回忌直前1998年5月23日遺書にて妻・美知子宛に「誰よりも愛してゐました」

自殺の動機として「小説を書くのがいやになつたから死ぬのです」

1935年に『逆行』を発表

身長が175cmだった

1929年、弘前高校で校長の公金流用が発覚し5日間のストライキ

『人間失格』の出版日1948年07月25日

1955年に筑摩書房から『太宰治全集』

 

 

◆小泉八雲(6月27日)追記予定

潜書時間実装後、追記予定

 

◆幸田露伴(7月23日)追記予定

潜書時間実装後、追記予定

 

◆谷崎潤一郎(7月24日)3時間

死没日が1965年7月30日。

実は次男だったが長男の熊吉が

生後3日で亡くなったため長男として出生届が出される。つまり3日だけ次男だった。

生涯で結婚を3回する。

前述にも述べたとおり佐藤春夫と、当時妻だった千代との間に三角関係が有る

結局、1926年に佐藤と谷崎は和解し1930年に千代は谷崎と離婚し、佐藤と再婚

3人連名の声明文を出し、細君譲渡事件として世間の話題となった。

 

◆新美南吉(7月30日)30分

誕生日が30日。

ちなみに、南吉という名前は生後わずか18日で亡くなった兄の名前。

1943年9月30日童話『花のき村と盗人たち』を刊行。

 

◆室生犀星(8月1日)2時間

誕生年1889年は明治22年。

1913年(大正2年)北原白秋に認められる。

室生犀星作品集が全12巻。

室生犀星全集 が全12巻別巻2巻。

 

◆吉川英治(8月11日)1時間30分

誕生日は11日となっているが戸籍面では13日。

1938年(昭和13年)三国志の執筆を開始。

『私本太平記』が全13巻。

 

◆三好達治(8月23日)30分

代表作『測量船』が1930年。

 

◆若山牧水(8月24日)1時間

『若山牧水全集』が全13巻と補巻1巻で刊行。

 

◆宮沢賢治(8月27日)4時間30分

代表作『風の又三郎』が1934年。(ひっくり返して43か?)

同僚の奥寺五郎が結核になると毎月30円送っていた。

1922年11月27日、結核で病臥中のトシ(妹)の容態が急変し、午後8時30分に死去。

賢治は押入れに顔を入れて「トシ、トシ」と号泣、亡骸の乱れた髪を火箸(ひばし)で梳(す)いた。

 

◆国木田独歩(8月30日)40分

代表作『春の鳥』が1904年(返して40か?)

『十年前の田園生活』が明治40年に随筆。

 

◆正岡子規(10月14日)1時間

第一高等中学校(現在の東京大学教養学部)に入学。

また、正岡子規はインブリー事件の目撃者でも有る。

 明治学院の白金倶楽部と第一高等中学校で野球の試合をしていて正岡子規はそれを観戦。

 試合は明治学院の大量リード(6-0)でそこに遅れてきた明治学院のアメリカ人宣教師、

 ウィリアム・インブリーに第一高等中学校の生徒の一人が重症を負わせ

 試合が中止になったというもの。

ちなみに野球好きな正岡子規のポジションは捕手(キャッチャー)だった。

 

◆坂口安吾(10月20日)10時間20分

誕生日が10月20日

安吾はサンスクリット語などの辞書を読むためさらにラテン語やフランス語を学んでいた。

『日本探偵小説全集』の10巻が坂口安吾集

姪の村山喜久が20歳で自殺。安吾は喜久に愛しみを持ってた。

 

◆江戸川乱歩(10月21日)2時間

1927年(昭和2年2月まで約3ヶ月間、朝日新聞に『一寸法師』を連載した。

探偵小説雑誌「新青年」で「陰獣」を前後2回に渡り掲載し、雑誌は増刷するほど人気だった。

本格探偵小説の新時代を築いたとされ、「前代未聞のトリックを用いた探偵小説」と絶賛された。

 

◆織田作之助(10月26日)30分

死没時が満33歳

『織田作之助作品集』が全3巻

 

◆萩原朔太郎(11月1日)4時間30分

万葉集~新古今集の和歌437首の解説『恋愛名歌集』を刊行。

 

◆泉鏡花(11月4日)4時間40分

泉鏡花文学賞なるものが有り、文アルサービス開始年の2016年4月が44回目でした。

ちなみに最優秀賞は川上弘美さん『大きな鳥にさらわれないよう』でした。

 

◆小林多喜二(12月1日)20分

※多喜二のいとこの孫である小林信義さんが苫小牧市の実家に保管されていた

除籍謄本(1951年交付)を調べたら「12月1日生」と明記されていた模様。

その為、一部の文書では誕生日が古い情報の(10月13日)のままだが

この日付は間違いのようです。

文アル公式も12月1日として扱ってます。

 

死没日が1933年2月20日

-1933年2月20日に三船留吉(表向きは日本共産党員だが実は特高警察のスパイ)

と赤坂の連絡場所で落ち合う約束をする。

しかし三船は小林多喜二を売り、待機していた特高警察と20分間の逃走劇が行われる。

その後逮捕され尋問の後、小林多喜二は死亡。

警察当局は”心臓麻痺”としていたが翌日遺族の元へ帰された遺体は

全身が腫れ上がり血がどす黒いまでに滲み酷い内出血を起こしていたが

特高警察を恐れた病院はどこも司法解剖を断った。

恐らく特高警察による酷い拷問があったと予想される。

今では想像しにくいけど昔は学生運動で学徒VS国家の時代だった。
特高警察とは特別高等警察。国家の存在を否認する者を良しとしない大日本帝国の政治警察。

 

◆永井荷風(12月3日)3時間

誕生日が12月3日。

作曲家の菅原明朗とアルト歌手の永井智子が結婚し荷風とは家族ぐるみで付き合いがあった。

東京大空襲後、岡山で菅原夫妻の世話になり、「必ず3人一緒に東京に帰ろう」と

約束していたが脚本家の村田武雄から貰った切符で一人だけ帰京。

約束を破られた智子は酷い喪失感で以後荷風とは会わなかった。

 

◆菊池寛(12月26日)24分

『菊池寛全集』が全24巻

 

◆堀辰雄(12月28日)30分

1930年、雑誌『改造』にて『聖家族』を発表。

1953年5月28日死没(満48歳)30日に自宅で仮葬後、

6月3日に東京都港区芝公園の増上寺で告別式が執行され、

翌々年の1955年(昭和30年)5月28日に多磨霊園に墓碑が建てられ納骨された。

 

 

-おまけ-

ネコ

ネコの元ネタは夏目漱石『吾輩は猫である』ですね。

「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。」

という書き出しで始まります_(┐「ε:)_

 

 



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